人気ブログランキング |

<   2019年 06月 ( 7 )   > この月の画像一覧

古い家の再生・総社

立石孫一郎という人物、幕末上月城の傍で生まれたが、倉敷の大橋家の養子になり、長州の第二奇兵隊に入ったが、隊員を殺し脱走し挙句、倉敷代官所を襲撃し、総社の浅尾陣屋を焼き討ちしたかなりの人物を調べに。いろいろすごい猟奇事件が倉敷であったんだ。
その浅尾陣屋はリブ総社のすぐ近くだったとは知らなかった。今でも幕末の焼き討ちに会った塀が残されている。
総社はずっと昔に写してその後ほっておいたので町並みに寄ってみた。昔は閉ざされていた家が、再生されていていきいきしていた。
e0345848_22311834.jpg
取り壊されていて更地になっているところが多いのに、古い建物の良さが見直され、新しい試みがされているのは嬉しい。このまま残っていてほしい。
e0345848_22305804.jpg
木造近代建築の旧総社警察署にも小学生の遠足らしい団体が入っていたのも活気があって良かった。しかし若い先生が小学生の賑やかな子供たちを誘導されていたのには、大変だなと感心。私など小2生、一人でも手を焼いているのに・・・・・
e0345848_22310964.jpg

by kannazuki1022 | 2019-06-30 22:44 | 探訪 | Comments(0)

紫陽花めぐり

梅雨入りがまだだった頃、岡山県の紫陽花が綺麗なといわれるところをまわってきました。
備前市大滝山福生寺の西方院は新聞に今が見頃と出ていて、結構賑わっていた。
e0345848_16291581.jpg
e0345848_16285943.jpg
e0345848_16284170.jpg
e0345848_16294330.jpg

岡山県北の大聖寺、美作市の紫陽花寺だが、ちょっと花は早かったようだ。駐車料500円、拝観料500円は京都並みだ。見どころは吉川栄治が宮本武蔵を大聖寺で執筆したというので、武蔵とお通の銅像があった。沢庵和尚が武蔵を行儀のためにしばり付けたという話を作り出したそうだ。昔々、大学1年の頃合宿で大聖寺に行ったことがあるが全くどのような所か記憶にない。きっとあのころは先輩が怖くて、記憶から排除してしまったのかも知れない。
e0345848_16301405.jpg
e0345848_16302987.jpg
e0345848_16295897.jpg
e0345848_16304386.jpg
落合の普門寺が綺麗だよとの情報で、行ってみた。ここはちょうど見ごろで綺麗だった。かえりに寄ったまきばの館には早咲きのラベンダーがちょっとあった。
e0345848_16310660.jpg
e0345848_16312283.jpg
e0345848_16313429.jpg
e0345848_16315233.jpg
e0345848_16321172.jpg
まきばの館のラベンダー


by kannazuki1022 | 2019-06-28 16:38 | ドライブ | Comments(0)

来年度の曲

火曜日に、決めた曲は
英国恋物語第2幕1~4
モーツァルトピアノコンチェルトK488
テレマンのリコーダーとフルートの協奏曲2楽章
ブルックの精霊の踊りの後半の難しいところを含む・・・等々

これを出すと誰も聴きに来てくれないかもというマニアックなものばかり、どうするべきか。津軽海峡をやってくれといわれているのに・・・
e0345848_20041123.jpg
久米南の花菖蒲が綺麗だとTVで紹介されたので、早速行ってみた。いつもの方がおられた、今年は天候が変わりすぎて去年より出来が悪いと言っておられたが、とても綺麗だと思ったんだけど、「違いがわからんとおえんが」といわれた。
e0345848_17062077.jpg
e0345848_17070663.jpg
津山の長法寺のアジサイはまだちょっと早すぎた感じ.
e0345848_17081447.jpg
長法寺の近くに、鉄道まなびの館がある。
e0345848_17085070.jpg
e0345848_17083381.jpg
きれいに整備されていて男の子なら喜ぶはず、RINさんには興味がないといわれた。

by kannazuki1022 | 2019-06-16 17:30 | 音楽 | Comments(0)

山中鹿助の首塚と胴塚

月山富田城の麓までは以前2回くらい行ったので簡単に考えていた。トレッキングポールも積んで山の頂上まで行こうという意欲で出発したら、何とナビで広瀬の道の駅の到着時刻が午後3時とか出る。それからよちよちと登って、日帰りは無理と断念。
急遽これもずーっと以前訪問していたがもう一度と、鞆の浦にある山中鹿助の首塚を写しに行った。駐車場から歩く途中にも古い町並みがあった。
e0345848_17051359.jpg
e0345848_17040532.jpg
e0345848_17042718.jpg
e0345848_17045025.jpg
首塚


ついでに先日行ったとき雨のため、鹿助の殺された場所に立っている墓が、真っ黒でいくら修正ソフトで明るくしようとしても無理なので、高梁へまわって阿井の渡しの碑を撮り直しして帰った。
e0345848_17053635.jpg
e0345848_17055574.jpg
高梁川沿いの山中鹿助の後に作られた墓

月山富田城は遠い。後日行こうと思ったら血圧が高かった為断念。

by kannazuki1022 | 2019-06-16 17:14 | 郷土史 | Comments(0)

明日からは、また一からです。

第4回発表会が終わって1週間、明日からは何を練習するのかまだ決定していません。楽器もいろんなものを皆で回して吹くという方針のようで、4種類全部持っていかなければならなくなるので荷物も重たくなります。

空の巣にならないように歴史探訪を再開、先日三日月に行ったとき、上月城が近くにあったことをお思いだし、尼子勝久が自刃し、山中鹿助が捕えられたところだ。これは行ってみなくてはと、車で1時間ちょっとなので出かけた。上郡のあたりに山陽道野磨駅家跡というおおきな看板があって、気になってこれは何だ古い宿場町かと寄ってみた。奈良時代の駅路と呼ばれる道路で建物跡や土器が発掘されたらしく、今は埋め戻されて田んぼになっている。
e0345848_21365501.jpg
その先の兵庫県の播磨に、白旗城という看板が目立つ。行ってみたら何と教科書では有名なかの赤松氏の居城だったそうだ。
e0345848_21371610.jpg
やたら立て看板に、赤松円心の名前が出てくる、智頭急行線の駅の名前にも出てくる。
e0345848_21375366.jpg
帰って調べてみると、赤松則村(円心)は鎌倉時代末期から、南北朝時代に足利尊氏方についた。そして播磨赤松の白旗城で新田義貞を迎え撃った。室町時代には、三管領四職の四職の赤松、一色、山名。京極の4氏に名を連ね交代で侍所頭人を務めた。孫の赤松満祐は例の将軍足利義教(三代目の義満の側室の子でくじ引きで決まり僧侶から還俗した)を暗殺している。
e0345848_21373616.jpg
そんな歴史日本史の教科書にあったなあと、ひとりで感動している私だった。
上月城と山中鹿助については、尼子の居城月山富田城へ三度目だが下から眺めただけなので登ってみたいのでそれからまとめようと思っている次第。上まであがれるかどうかは自信は今一つ・・・・・
e0345848_21381183.jpg

by kannazuki1022 | 2019-06-10 21:46 | 郷土史 | Comments(0)

第4回発表会終わりました

昨年が8月6日の、猛暑の中だったので、今年はエアコンを入れて気持ちがいい程度のいい気候でした。皆各人、間違えたりおっこちたりしたようですが、友人は楽しかったよといってくれたのでよかった、よかった。ワッフルの効果もあったかも。27人くらいは来ていただくことできて、満足でした。来年も元気でできたらいいなあ。
写真は彗星さんが写してくださったものです。ありがとうございました。
e0345848_22595533.jpg

by kannazuki1022 | 2019-06-04 23:01 | 音楽 | Comments(2)

ばらが綺麗

熊山の英国庭園に、綺麗なペチュニアがあって、先日買ったけれどうちにはもう影も形もない。ゆえにTVでばらが綺麗だと放映されたのでまた出かけてみた。
e0345848_23195551.jpg
e0345848_23201404.jpg
e0345848_23203190.jpg
e0345848_23205263.jpg
先日買ったペチュニアはすぐに枯れてしまったのはどうしてか。去年のはろくに水やりもせず、ほっておいたら9月まで長持ちした。
今度は小さな真っ白のものを4つ買った。なかなか可憐で可愛い。枯れた理由をたずねるとくれぐれも水はやりすぎないように可愛がり過ぎたらいけません。
枯れたらまた買いに来てくださいと言われた。そうだなあと感心、昔気に入った陶器が手に入ったので嬉しくなって大事にしますというと、販売しているおじさんに、大事にしないですぐわってまた買ってくださいと言われ感心したのと同じか。陶器も割れたら次が買えると喜ぶことにしている。

これだけで帰るのはと途中にあった日野富子の墓というところに寄ってみた。日野富子というと、室町時代の足利義政の正妻で男の子の跡継ぎが出来ないため、義政の弟義視を還俗させたら、自分に男の子義尚が出来、跡継ぎを巡り応仁の乱がおこり、財テク家で山名と細川双方にお金を貸して守銭奴といわれた人。晩年義尚とも仲違いし先立たれ義政にも先立たれたという。57歳で亡くなり京都市上京区華開院に墓があるのだそうだが。どういう訳か、赤磐市沢原の小川山常念寺自性院にも墓がある。傍のは義政の供養塔といわれている。
e0345848_23211523.jpg
e0345848_23213255.jpg
火曜日の演奏会まであと三日、ちょっとだけ練習して落ち着かないとと吹いてみる。あとは指が勝手に滑らないように、運に任せるばかりなり・・・・・
終わった後に空の巣症候群にならないように次の曲を、もう考えているけれど。

by kannazuki1022 | 2019-06-01 23:51 | ドライブ | Comments(0)